更新日: 2013年7月6日
「お姉ちゃん、次の電車は野蒜さ行ぐ?」
ホームで電車を待ってた私に、80歳近いであろう小さなばあちゃんが訛り交じりに声をかけてきた。
小学生の私はその野蒜という駅がどこなのかもわからなかった。
慌てて時刻表を見たら、次の電車は野蒜より手前が終点。
「この次の電車はダメ。その次のだったら行くと思うよ。」と教えたら、ばあちゃんは何度もお礼を言ってくれた。
このおばあちゃん、ちゃんと目的の駅まで行けるかな?
それが気になって、私は電車を1つ見送って一緒に待つことにした。
その間、おばあちゃんは「目が悪くてよくわからないから教えてくれて助かる」とか
「何年も会ってないけど、お姉ちゃん位の孫がいるんだよ」とか
色々話してくれた。
田舎だったから電車もあまり本数がなくて、多分2・30分くらい話していたと思う。
ようやく野蒜にも停まる電車が来るアナウンスが流れてきた時、
おばあちゃんが「これ・・・」と私に小さく折りたたんだ千円札を渡してきた。
一緒に待ってくれてありがとうね、と何度も言われた。
断ったけど、私の手に無理矢理握らせて。しわしわの手だった。
私は一駅だけの乗車だったから、それからすぐおばあちゃんと別れた。
帰り道、その千円札を見つめながら
「お金が欲しいと思われたのかな」「迷惑だったのかな」とか色々考えてしまい
家に着いた時、玄関で号泣してしまった。
父と母が慌てて出てきた。
別に私はお金が欲しかったわけではない、あのばあちゃんがちゃんと家に帰れたか野蒜まで一緒に行けばよかったとか
ギャンギャン泣きながら母の膝で泣いた。
母は黙って聞いた後「そのお金は大事にとっておいて、見るたびに思い出すんだよ。そのばあちゃんは本当に嬉しかったんだよ。そういう気持ちを忘れてはダメだよ」
と言ってやっぱり私にお金をそっと握らせた。
あれから20年以上経った。
あの時の千円札は今も大事にとってある。お嫁に来る時も持ってきた。
そして時々出してきては、思い出すのです。