更新日: 2012年11月19日
私の母は、上手く子育てができない人でした。私が第一子ということもあり、どう育てていいのか分からなかったのかもしれません。
そんな母の代わりに私を育ててくれたのは、父方の祖母と、当時同居していた父の弟つまり叔父でした。叔父は、私が小学校に上がるまで同居していましたが、娘のように可愛がってくれました。少食だった私のために、小さな可愛いおにぎりを作ってくれたり、遊園地に連れて行ってくれたり。そんな叔父のことを私は「お兄ちゃん」と呼んでいます。
小学校入学前、お兄ちゃんが結婚するとのことで、家を出て行った時は本当に落ち込みました。それでも、結婚してからも定期的に私の様子を見に来てくれていたお兄ちゃん。本当に優しい人です。お兄ちゃんがいなくなってから、父の厳しい教育のために、生真面目な私は次第に眠れなくなり、中学の時に自律神経失調症と鬱病にかかりました。その私の異変に真っ先に気づき、対応してくれたのもお兄ちゃんでした。
病気に理解を示さない父に対し「兄貴がこの子を分かってあげようとしないなら、俺が全力でこの子を守る」と言ってくれた言葉は今でも忘れません。薬漬けの毎日の私にお兄ちゃんは「心の病気は骨折のようなもの。薬はただの杖にすぎない。お前自身が”歩こう”と思えるようになったら、自然と杖はいらなくなる。だから大丈夫。この苦労はきっとお前を強くし、優しい人間にするから。」と教えてくれました。
あれから8年。私の病気はまだ治っていません。でもお兄ちゃんの言葉を信じて粘り強く生きてきました。1年ほど前、祖母からこんな話を聞かされました。「〇〇(お兄ちゃん)が言ってたのよ。”娘”とか”姪”とか関係ないって。俺にとっては、実の娘も姪も同じ娘だって。」
感動しました。
ここまで姪を思ってくれる叔父がいるでしょうか。お兄ちゃんは私にとって、実の父に変わりないと改めて実感した日でした。闘病はまだまだ先が見えません。
「薬無しで生活したい。でもできない。」
こんな葛藤の中、日々過ごしています。でも、絶対にいつか治してみせます。自分の足で歩くために杖(薬)を止めてみせます。健康になって、いっぱいお兄ちゃんに恩返しします。大好きなお兄ちゃん。いつも私を見守ってくれてありがとう。
あなたのおかげで今まで生きてこれました。幸せ者です。待っててね、がんばって健康になって、「自慢の娘」になってみせるから。
お兄ちゃんは私の「自慢のお兄ちゃん」であり「自慢のお父さん」だよ。